東京藝術大学 美術学部 デザイン科 Tokyo University of The Arts, Department of DESIGN

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理念と組織構成Department of Design

教員インタビュー

Interview : 8th Studio / Draw


第8研究室 / 押元一敏准教授

第8研究室 准教授 押元一敏

1970年生まれ。千葉県出身。1995年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業し、同大学院に進学。95年安宅賞、97年の修了制作ではデザイン賞、98年には三溪日本画賞展で大賞を受賞。2000年同大学院美術研究科博士後期課程美術専攻満期退学。同大学の助手、助教、非常勤講師、横浜美術大学准教授を経て2013年より現職。08年よりShinPA展に出品。画家として多彩な作品を制作している。


―デザインとは?

デザインとアートを分けている大学もありますが、藝大の「デザイン」は横断的なんです。私が藝大のデザイン科の学生だったときも、教授には日本画家の中島千波先生や洋画家の大藪雅孝先生がいて。大藪先生は同じくデザイン科出身でプロダクトデザインもやっていながら最終的には洋画家になった方で、よく「すべてデザインなんだ」とおっしゃっていました。例えば日本美術として扱われる絵巻や屏風にしても、元々は生活と身近なデザインであったと。デザインという言葉は近代のものかもしれないですが、内容的にはむしろアートも含めてデザインと言えるのではないかと思っています。

―個人の活動として何をしてきましたか。

学生の途中から作家志望で絵を描いてきました。当時はCGが流行り出していた時期で、私も憧れていたのですが、藝大には全然そういう設備が整っていなかったのと、やってみたらすごく手こずってしまって。3Dでひとつ図形を描くにしても一日中コンピューターを動かしてやっとできるみたいな状況でしたから。それなら手で描いた方がいいなと。最近はペンタブレットを使って手で描いているような感覚で絵にしたり、水彩のようにきれいにぼかしたりもできるようになりましたけど、やっぱり手で描くことが基本にあって、それは技術が発展してもきっと変わらない。それを大事にしていこうと思ったわけです。

作風は、和紙に岩絵具が基本ですがさまざまな表現に取り組んでいて、例えば抽象的な人物像を描いたり、着色した和紙をコラージュしたり、拓本の技法を応用したりしています。第8研究室のOB、OGによるグループ展「ShinPA」(おぶせミュージアム・中島千波館)には2008年から毎年出品していて、そこでも毎回新たな挑戦を心がけ大作を出品しています。

―研究室の活動として何をしていますか。

研究室の受託研究としては、2016年に長野県伊那市で「山紫 PREMIUM」という地元産のワインのラベルデザインを手がけました。市内の新山小学校で行ったワークショップで子どもたちに「伊那市の自慢」を絵にしてもらったのもヒントになりましたね。また、それをきっかけに、2017年秋には市内の使われていない古民家を拠点に、地域の課題に取り組む「伊那市古民家プロジェクト」を始動しました。リサーチをもとに、住民と学生が協働でつくる作品などを展開していければと思っています。

「山紫 PREMIUM」のワインラベル

「山紫 PREMIUM」のワインラベル。研究室の学生と助手(当時)の山田だりがデザイン案を提出し、山田のデザインが採用された。山葡萄の赤い葉脈を流れた養分が人の血脈となり脈々と受け継がれていく、というコンセプト

あとは2017年に茨城県土浦市から依頼を受け、図柄入りナンバープレートのデザインも行いました。土浦ナンバーが11市町村で使われていることから、各地を取材して図柄を考案しました。このように絵画だけでなく、幅広くやっていきたいと思っています。

土浦のナンバープレートデザイン

第8研究室の学生、張家維がデザインの《風・空・彩》と名付けられた図柄入り土浦ナンバーが採用された。霞ヶ浦の帆引き船と花火をモチーフにしたデザイン。11市町村をイメージして、帆引き船の帆のラインと花火の花弁の数を11に

普段は、基本的には学生自身の研究ですから、制作してきたものに対してのアドバイスはしますが、あまり私の考えを強制せずに自由に本人が目指すものをバックアップするようなかんじで指導していますね。成果発表としては、毎年2月に研究室のグループ展を青山の新生堂画廊で行っています。

―学生にどんなことを望みますか?

「あなたはデザインをどう考えていますか」という質問をして、「絵を描きたいという理由だけでは受験しないでください」とは言っています。絵を描きたいなら絵画科もあるわけですから。うちの研究室には学部で日本画や空間デザインを専攻していた人も来ています。彼らはある程度その道でやってきたことを下地にした上で、もうちょっと違うアプローチで制作を展開していきたいと考えていたりします。そのような、新しい可能性を見つけたいという人であれば、入ってからも期待できるかなと思っています。

技法は自由でいいと思うんです。私も学生時代、中島先生に日本画を教わったわけではなく観て学んだわけで。中には油画をやっていた人もいたし、ペン画で有名な作家になった人もいます。私が岩絵具を使うのは、きれいさや利便性などを考えてのことで、日本画の技法で自分なりに新しいことができないかと実験しながら挑戦しています。学生にもマンネリ化した作業ではなく、伝統技法を身につけた上で新しい挑戦ができないか、ということをよく言っています。

基礎としてデッサンを学ぶのはもちろんのことですが、それだけが正しい道っていうのではなくて、いろんな技法があっていろんな表現があっていろんな分野があるので、さまざまなものに触れながら、自分のオリジナルの道を見つけていくのがいいと思います。

―幸せとは?

デザインは他者と関わって成り立つものですが、その中で自分のオリジナリティが生かすことができたら幸せだと感じられるのではないでしょうか。企業に入って自分の作品や考えが通れば嬉しいだろうし。僕の場合は自分の好きな絵を描いてきて、それを観てくれた人にどう反応してもらえるかというところを楽しみながらやっています。だから自分の作風がどんどん変化していくのも、人を驚かせたい、どんなものが出てくるか楽しんでもらいたい、という欲求によるものかなと思います。

(取材・構成:小林沙友里)