東京藝術大学 美術学部 デザイン科 Tokyo University of The Arts, Department of DESIGN

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理念と組織構成Department of Design

教員インタビュー

Interview : 10th Studio / Design Critical


第10研究室 / 藤崎圭一郎教授

第10研究室 教授 藤崎圭一郎

1963年生まれ。神奈川県横浜市出身。1986年、上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。同年、株式会社美術出版社に入社し、90年4月〜92年12月に『デザインの現場』編集長を務める。その後フリーランスのデザインジャーナリスト、編集者として独立。金沢美術工芸大学、法政大学などの講師を経て、2010年、東京藝術大学美術学部准教授に着任。2016年より現職。


―デザインとは?

「望ましい未来って一体何だろう」と考えて、それをつくっていく営みだと思います。デザインは問題解決とよくいわれますが、その問題解決を行う前提条件として、自分の身体、記憶、感情、直感をベースにした思考やそれに基づくものづくりを実践する力がないといけない。それって藝大生こそ得意とするところだと思います。「世の中でこう言われているから」「こういうルールがあるから」といった、すでに他者によって正しいとされている基準に追従して行動するのではなく、まず自分に寄り添うこと。それを通して、他者に共感し、他者に寄り添う能力を磨く。

「自分ならどうする」「あの人ならどうする」って考えることは、観察することから始まります。どちらの答えを出すにもまず他者をよく観察しなくてはいけません。そしてその上で、他者を観察している自分を高次の立場から観察する。他人を観察しているときの自分の中にいる他人の立場になったもう一人の自分が「自分ならどうする」ですし、他人を観察しているときの自分の中にいる想定上の他人が「あの人ならどうする」です。ややこしくなりしたが、つまり「観察を観察すること」が大事だという話です。

デッサン力をもつ人は観察力も長けています。しかしこれをイノベーティブな創造を実現する力にまで発展させるには、モチーフを観察する力だけではなく、観察する自分の後ろ姿や眼球の動きまで観察する力を身につけないといけない。それを私は自己言及力といっています。そこから共感や他者に寄り添う心が生まれてくる。デザインで最も大切なのは、問題解決力でも自己表現力でもなく、そうした自己の身体性をベースにした共感力だと考えます。多くの藝大生は高い表現力をもっていますが、表現力は創造力とは別物です。イノベーティブな創造を生むためには、表現力、論理思考、教養、そして自己言及力をいずれも伸ばし深めていかないといけないと考えています。

―個人の活動として何をしてきましたか。

ジャーナリストや編集者として様々なジャンルのデザインをたくさん見てきました。大学でデザインを学んだわけではなく、取材を通していろんな人に話を聞いて、制作の姿を目の当たりにして、まさに「現場」でデザインを学んだので、徹底して「現場主義」ですね。雑誌づくりにしても、デザインにしても、つくるという行為には、つくりながら考えるということが必ずあります。コンセプトがあってものがつくられるのではなく、つくっている現場でコンセプトが生まれてきたりする。その場に身を置いてみて、自分が何をおもしろいと感じるかが大事だったりする。思念より現場に基づくべきだと思っています。

いまデザイン雑誌『AXIS』で「SciTechFile」という連載をもっています。主に生物学の最先端を取材して、生物学の知見を21世紀の新しいデザイン観に導入していこうと目論んでいます。最近はデザイナーを取材する回数より科学者を取材することのほうが多くなってます。デザインのあるべき未来を考えるには、デザイナーのサクセスストーリーを聞くより遺伝子のことや昆虫の生態のことを聞いたほうがいいと思っていますので。

日本にはデザイン批評を語り合う文化が育っていないので、デザイン批評をこの国にいかに根づかせるかというのがこれからの課題です。デザイン批評誌をつくりたいとずっと思っているけど、大学の仕事が忙しくできてないですね。大学の広報誌の編集長までやってますから。『藝える』という広報誌です。大学の守衛所などで配っています。面白いですよ、ぜひ読んでください。

―研究室の活動として何をしていますか。

作品制作、ワークショップの企画運営などを通して、「人の創造性をひきだすこと」「批評的に社会をみること」「メディアをつくり、人と人とをつなげること」を探究しています。

1年生は毎週ゼミがあって、毎年学生のタイプを見ながらこちらでテーマを決め、読書会をしたり議論をしたりして、最終的に個々の学生にそれぞれなにかしら作品をつくってもらう、ということをやっています。2018年前期のテーマは「ミックス」。4人の学生が、ハニカム構造のペーパーワークやVR作品、宇宙とキッチンをモチーフにしたポスター、梵字のアイドル団扇をつくりました。なぜミックスでこうなるのか、まあ、求心力より遠心力を大事にしています。どこまでテーマから遠くに行けるか。

2017年のテーマは「辺境」。自分なりの辺境とは何か、ということをまずゼミで議論しましたが、最終的にこちらも「辺境」からずいぶん遠くに行ってしまいした。コミュニケーションのズレに美を見出すような映像作品もあれば、生物学的な「よどみ」がいつのまにか、糸くずで絵を描く作品になってしまったもの、漫才のボケとツッコミの研究をしてダイヤグラムを制作した学生もいます。2016年は白川静の『文字逍遥』やスーダン・ソンダクを読んで作品をつくってもらいました。2015年は東野芳明の『マルセル・デュシャン』を学生と読んで、学内で『マルセル・デュシャンの本』いう展示を行いました。現代美術だけでなくデザインでも、文脈を意識することはとても大切なので、現代美術の文脈の源流であるデュシャンをみなで考えてみたのです。

マルセル・デュシャンの本

『マルセル・デュシャンの本』(2016年)第10研究室の6人の学生がつくった6冊がパッキングされている。学生は2冊本をつくり、1冊は展示閲覧用、もう1冊はこの封印した本に

『マルセル・デュシャンの本』の展示の際に掲げた説明文

『マルセル・デュシャンの本』の展示の際に掲げた説明文

また、松下計教授の視覚・伝達研究室と一緒に『MOZ』というタイポグラフィの雑誌をつくりました。2018年夏に発行した5号の特集は「フィクション」。虚構新聞のリアル版をつくったり、日本語特有のルビにまつわる文化について考えたり、とても面白い記事が揃っています。その前の号は「音楽」。ラッパーの前里慎太郎さんが歌う歌詞を学生たちが聴き取って壁に書くというライブイベントを行って、その様子を収録したり、詩人の谷川俊太郎さんに詩と音楽の関わりについて聞いたり。企画から編集、取材、撮影、執筆、デザインまで全て学生が手がけています。私と松下教授は監修という立場で編集やデザインの指導をしました。

藤崎研では2014年から毎年8月、岩手県大船渡市でゼミ合宿を行っています。地元のお祭りや介護施設でワークショップを行い、2016年からは県立大船渡高校美術部と協働して作品展示をしています。酒蔵を改装した素敵なギャラリーをお借りして、インスタレーションをつくったり、詩&写真集を制作して詩の朗読会を行ったり、2018年は大学生と高校生が混じり合って即興で映像作品をつくるワークショップも行いました。

ナツノアカリ(2016)

『ナツノアカリ』(2016年)大船渡高校美術部と共作。500の灯籠を奥行き14mの元酒蔵のギャラリーに。デザイン科共創ルーム・丸山素直講師と藤崎研の学生の千葉紘香が高校生と企画

また冬には、デザイン科共創ルームの丸山素直講師とともに、東京の谷中小学校と大船渡小学校・大船渡保育園の子どもたちが大漁旗を合作するワークショップも行っています。これは松坂屋上野店が震災後の春に毎年開催している東北復興イベントのために始めたもので、「むすびの旗プロジェクト」と名づけています。毎年テーマや技法を変えて2015年からもう4枚つくりました。大船渡に行くには東京から5時間以上かかりますが、帰ってくるたびにまた行きたくなるんですよね。震災復興支援がきっかけでしたが、それ以上に心を寄り添わせ地元の人たちと共創することを通して私たちが学べることの大きさを、大船渡に行くたびに実感しています。

藤崎研と大丸松坂屋百貨店との受託事業は2011年から続いています。丸山講師を中心に他の研究室の学生や学部生にも参加してもらって、主に松坂屋店内で行う様々なワークショップを考案・実施してきました。藤崎研に入った学生は必ず数回ワークショップは行うことになりますね。

―学生にどんなことを望みますか?

私はデザイン評論家でジャーナリストですが、この研究室は評論家やデザイン史家を育てるところではなく、批評的な思考やクリエイティビティとしての寄り添う力を育む場所にしたい。そういう意味ではいろんな目指す道をもつ学生に来てほしい。実際、OB・OGにはコンテンポラリーダンサーもグラフィックデザイナーも写真家もフリーのイラストレーターもマンガ家も、電通や任天堂、チームラボ、NHKで働いている人もいて、いろいろ。何かつくり出したいと思っている人であればウェルカムです。編集者って裏方として協働者の才能を見出して、それを世に見えるかたちに引き出して育てていく仕事なので、そういう意味では藝大での仕事は自分の編集者のスキルが活かせるものだと思っています。

―幸せとは?

よく運動して、よく寝られることかな。働きすぎて頭が疲れてぼーっとしているのではなく、頭が回転している時間を長くしたいですよね。年とると知らないことが増えるんです。若い頃は自分の見たいことだけ見ているので目の前の知らないことは吸収すればいい。しかし年をとるといろんなことを見ざるを得ないので、知らないことが知らないこととして自分の目の前に広がってくる。それを無視するのが楽な生き方でしょうが、僕はなるべくそうしたくない。そのためにはしっかり運動しないとね。水泳、ジョグ、筋トレ、そして対話と読書と執筆、それと適度のお酒で思考を広げています。

(取材・構成:小林沙友里)