東京藝術大学 美術学部 デザイン科 Tokyo University of The Arts, Department of DESIGN

東京藝術大学Website日本語English

教員インタビュー

Interview : 1st Studio / Design Civics


第1研究室 / Sputniko!准教授

第1研究室 准教授 Sputniko! / Photo: Mami Arai

1985年生まれ、東京都出身。本名は尾嵜優美マリサ。父は日本人、母はイギリス人。ロンドン大学インペリアル・カレッジ(現インペリアル・カレッジ・ロンドン)で数学とコンピューターサイエンスを専攻。卒業してプログラマー、ミュージシャンとして活動した後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士課程を修了。アーティストとして、テクノロジーによって変化する人間や社会をテーマとした映像インスタレーション作品などを制作。2013〜2017年、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてDesign Fiction研究室を主宰。2017~2019年、東京大学生産技術研究所特任准教授。2019年4月より現職。著書に『はみだす力』など。


―デザインとは?

デザインはとても広い意味をもつものですが、私の研究室名にあるDesign Civicsの「civic」はラテン語の「cīvicus」に由来していて、「社会」「都市」「文明」といった意味があります。この研究室では、物事の観察の仕方や思考の仕方、プロトタイプのつくり方も然ることながら、未来の社会の在り方や人類、地球の在り方といったスケールまで拡張してデザインを考えています。

例えばFacebookは、元はただ友達同士が繋がれるインターフェイスに過ぎませんでしたが(いちばん最初はハーバード大の女子学生の容姿を比較する酷いサイトでしたが…)それが広まることによって、今や地球全体のコミュニケーションのインフラになっています。Facebookのインターフェイス・デザインが人のコミュニケーションの仕方や情報の見方、ものの考え方にも影響し、さらにはアメリカやイギリスの選挙結果をはじめ、世界の政治の在り方にまで大きなインパクトを与えている。そう考えるとデザインのできることってすごく大きい。デザイナーは、自分のデザインが社会にもたらす影響まで考えるべきですよね。

今私が特に大事だと思っているトピックは、テクノロジーのデザインと格差の関係です。AIやバイオ、フィンテック(金融テクノロジー)などさまざまなテクノロジーがあって、今後それに応じてさまざまなプロダクトやインターフェイスが生まれてくると思います。しかし現状は、そういったテクノロジーに関わる人々が、例えば日本では日本人男性中心、アメリカでは白人男性中心で、必ずしも多様な人にとってフェアにデザインされていない。女性やマイノリティのニーズや課題が見過ごされてしまうことが、昔から多く起きているわけです。

例えば、最近タクシーに乗ると目の前にデジタルサイネージがあって、そこについているカメラの顔認識によって性別や年令が判断され、その人に合うとされた広告が流れますが、これはいわゆるステレオタイピングですよね。私は子どものころに他人から「女の子だからバービー人形が好きでしょ」「女の子だから数学が苦手なんでしょ」のように言われ、電車や数学が好きな女の子として嫌な思いをした事が多々ありましたが、今度は人間だけでなくAIからもステレオタイプな提案をされるような時代がやってきている。これから生まれてくる女の子たちは街中に増えたAIから今以上にその不快なステレオタイピングを浴びせられるかもしれません。その未来はAIやデバイスのシステムをデザインする人にかかっていると思います。

トランスジェンダー女性が機械を使って生理の痛みを体験する《生理マシーン、タカシの場合。》(2010年) / Photo: Rai Royal

トランスジェンダー女性が機械を使って生理の痛みを体験する《生理マシーン、タカシの場合。》(2010年)。映像はこちら。© Sputniko! / Photo: Rai Royal

―個人の活動として何をしてきましたか。

中学校時代からプログラミングを始めて、大学では数学とコンピューターサイエンスを学びながら作詞作曲の授業も受け、卒業後はプログラマーをしながら音楽活動もしていました。アートと音楽が大好きで。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでスペキュラティブ・デザイン(問題提起するデザイン)を学び、2010年に卒業制作として発表した《生理マシーン、タカシの場合。》《カラスボット☆ジェニー》《寿司ボーグ☆ユカリ》で世間にデビューしたかたちになりました。

Sputniko!というペルソナで、問題提起したいテーマにまつわるデバイスをつくり、物語をつくり、音楽をつくり、映像をつくり、YouTubeや美術館で発信するというスタイルの作品が多いです。ソーシャルメディアで作品の拡散をしたり人を募ったりしています。土壌の放射性物質を吸収する菜の花の種がハイヒールの先端から地中に植えられていく「Nanohana Heels」で福島を歩く《Healing Fukushima(菜の花ヒール)》(2012年)、ハイヒールを搭載した月面探査機で月に人類初の女性の足跡を残す《ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩》(2013年)、瀬戸内海の豊島に伝わる神話をもとに、蚕の遺伝子組み換えで運命の赤い糸を作ろうとする《運命の赤い糸をつむぐ蚕‐たまきの恋》(2016年)もそうです。

最近のプロジェクトとしては、女子受験者の得点を一律減点していた医科大学の事件が報じられたことをきっかけに「東京減点女子医大」というアートプロジェクトも、アーティストの西澤知美さんといっしょに立ち上げました。女子学生たちが手術支援ロボットFridaを使って一般男性を改造し、日本の医療界が求めるエリート男性ドクターをつくり出し、ドローンに乗せて日本各地の病院へ配送するという物語です。

あと、2021年には不妊治療や卵子凍結に関するサービスを始めています。自分の経歴を見ると、我ながら「色々やってきたな・・・」って思いますね。数学を学んで、プログラマーをやって、音楽をやって、MITや東大で教えて、藝大で教えて、起業もして……結構謎めいたキャリアだと思いますが、やりたい事は一貫しています。

アートプロジェクト「東京減点女子医大」(2019年〜)では学長を務める。理事はアーティストの西澤知美さん

アートプロジェクト「東京減点女子医大」(2019年〜)では学長を務める。理事はアーティストの西澤知美さん

―研究室の活動として何をしていますか。

先述のように、テクノロジーにまつわるデザインを考える上で、格差や偏見の問題があります。過去のデータに潜む偏見をそのまま学習し、「〇〇だから□□」と判別していくAIは、人間社会の格差を強化するマシーンになりかねず、そこには大きな倫理的危険性が生じてしまう。例えば、Amazonが開発した人材採用ツールは、Amazonの過去の採用者に男性が多かっため、AIが「女性は採用しない方がいいものだ」と学んでしまい、応募履歴書に「女性」というワードがあると自動的に減点するように学習してしまい、Amazonが利用を中止しました。アメリカの裁判所で使われている再犯予測プログラムも、過去データを学習したAIが、白人より黒人に対して再犯リスクを高く判定して人種差別が指摘されたりしています。

こういったテクノロジーとバイアスや格差に関する課題をしっかり学生たちと考えていくことは非常に重要な事です。この研究室ではこういった見過ごされがちな課題に注目し、様々な人々が生きやすい社会のデザインを考えていきます。そのためには、現状をリサーチし、考え、どうしたらデザインを通して是正できるかを話し合う。アウトプットはアルゴリズムかもしれないし、プロダクトかもしれないし、インターフェイスかもしれないし、アート的なインスタレーションかもしれない。包括的に考えていければと考えています。

―学生にどんなことを望みますか?

美しく機能的な形あるものをつくるのも良いスキルだと思いますが、この研究室では、今をしっかりリサーチして観察して問題を理解し、自分なりの意識をもって仮説や考えをつくり、議論、提案できる人を求めています。デザインをやってきた人に限らず、例えば社会学をやってきた人、理系でコンピューターサイエンスや医学をやってきた人なども歓迎です。英語ができてプログラミングが分かるとなおうれしいですが、あんまりハードルを上げるのもよくないですね(笑)。

今の学生世代はすごく賢いというか、すごく情報と接してますよね。自分の目で見て自分で考えたことにもう少し自信をもっていいのではないかと思います。特に日本の義務教育には、大人はわかっているから大人に学ぼう、という儒教的な教えがありますが、大学院生ともなればもう大人。一人の人間として今の社会を見つめて考えて提案する能力は十分身についてると思っています。むしろ若い子たちの方がずっと現代をネイティブで分かっているし、その新しい感覚や生き方に未来のヒントがあると思います。だから自分の遊びをしっかり見つめてほしい。私たち教員はそれをどうやって舵取りすると作品になるか、次に繋げられるかという知見はあるので、ちょっとお手伝いする程度。コンテンツについては学生たちのことを信じてます。

―幸せとは?

この社会は経済的成長率を測るGDPのような分かりやすい指標に頼りすぎるところがあって、それを上げるためにどうやって効率的、合理的に仕事を推進させるかということを重視しがちですよね。でもひたすら成長したつもりでも、格差や地球温暖化のようなひずみが生まれるわけで、私は「成長=幸せ」とは思っていません。それよりも思いやりや共感が重要で、どれだけテクノロジーが発達してもそれがなければ恐怖のツールになってしまうかもしれない。デザイナーが言われたものをただつくるだけでは、無意識のうちにあってほしくない未来に加担してしまうかもしれない。デザイナーがそこをしっかり考えることが未来の世代の幸せのために大事だと思います。

あと、藝大生たちは物事を楽しむスキル、遊びの能力が高いですよね。非効率的、非合理的なことに時間をかけて何かを見出そうとしたり考えたりすることは、一番人間らしくて、幸せなことだと思います。外の物差しに頼らず、自分が興味があるから、やりたいから、やる。何でこれをつくったの、と思うような作品を見せられた時も、こういう考えもあるんだね、と人間の発想の無限さを感じさせてくれるようなサプライズがあります。効率性の世界ってなかなかサプライズが起こらないんですよ、みんな同じ原理、物差しで動いているから。理系のものの見方とはそこが違う。藝大に来るとそこがテンション上がります。

人はただ生きていればそのまま楽しんでいいはずの存在なのに、なぜか優秀であること、社会の役に立つことを求められ続けている気がします。AIは効率よく仕事をすることはできても、無駄なことをして遊んで幸せになることはできない。なぜなら意識がないから。人間がAIに絶対に奪われない仕事は「幸せになること」だと思います。

人工知能を搭載した探査ドローンが四つ葉のクローバーを見つける様子を描いた《幸せの四つ葉のクローバーを探すドローン》(2018年)

人工知能を搭載した探査ドローンが四つ葉のクローバーを見つける様子を描いた《幸せの四つ葉のクローバーを探すドローン》(2018年)。東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」にて本名で発表

(取材・構成:小林沙友里)